デジタル時代の自然体験

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先日、横浜赤レンガ倉庫にて、LightAnimalという映像体験を拝見してきました。非常に意欲的な展示で、さらなる応用の可能性を確信するとともに、デジタル技術の活用は、環境教育の分野においても例外に漏れず、理念・パーパスを常に意識することが大切だと感じました。

水族館における映像技術の現状

先日、Elephant Career様でのインタビューでも語った通り、水族館における映像技術活用については、プロジェクションマッピングが多くの水族館で採用されているものの、「技術があるから使ってみた」という域を出ていないものが数多く散見されます。多くの水族館で、現場に立つ職員は基本的に、「お客様へいかに生き物や自然に対する興味を持ってもらうか?」ということを考えて展示を作っています。そのため、デジタル技術導入においても、それが生き物や自然への興味を誘導する仕掛けになっていると理想的です。ところが実際はほとんどのところ、プロジェクションマッピングがそのような誘因として機能しているというより、むしろ単に展示空間へ彩を加える演出で留まっていると感じます。

一方で、今回拝見した、LightAnimalの特徴は、単に大きな壁面へ生き物の映像を投影するだけでなく、投影面の前の観客の動きをセンサーで知覚し、それに応じて映像内の生き物がインタラクティブに反応することです。すなわち、擬似的な「ふれあい体験」を提供しているのです。私自身にとっても、制作者の河合さんから以前お話を伺っていただけで理解したつもりにならず、「実際に自分の目で確かめる」という体験を経ることには、単に見過ごせない大きな意味があると感じました。

横浜赤レンガ倉庫のLightAnimal
横浜赤レンガ倉庫のLightAnimal

人の動きに応じて反応するシャチ
人の動きに応じて反応するシャチ

観客とくに子供たちは、この映像に対して、非常に興味を示していました。なるほど、生き物や自然への興味を持たせるためのとっかかりとして、求心力の大きいコンテンツであることは確かです。もしかすると、水族館の展示を置き換えるキラーコンテンツになりうるかもしれません。ただし、水族館への導入を考えるのならば、単に「子供が映像の大きな生き物へ興味を持てて良かったね」という段階のものだと判断することは少々お粗末と言えるでしょう。なぜなら、この映像体験が「人々は水族館の展示に対して何を期待しているのか?」という問いに対して重大な示唆を与えるからです。

ハイパーリアリティの追求

さまざまな水族館が、「単に生物を水槽に入れて見せる」のではなく、「実際の野生環境で生物が暮らしている様子を再現する」ことを目指しています。実際、特に大規模な水槽においては、魚類だけでなく、サンゴやイソギンチャク、ヒトデなどの無脊椎動物や、岩や植物に模した造形物が共に展示されています。そうして作られた水槽の前で、人々は嬉々として写真を撮りSNSに載せます。しかしそれらは、あくまでも再現でしかありません。ひょっとしたら、人々が水族館に対して期待する展示とは、むしろ「実際の海に潜ったら見られそうなキレイな海や生き物たち」ではないでしょうか。展示はあくまで人間が作ったものですから、多少のデフォルメが入る余地があることは否めません。

関西大学の溝井裕一氏も、この点を指摘しています。

私たちが水族館の展示に「リアリティ」を見いだすばあい、それはむしろ「ハイパーリアリティ」ではないのか、と問わざるをえない。ハイパーリアリティとは、新井克弥(メディア学者)の言葉を借りると、「本物より、より本物らしい偽物が備えるリアリティー」、「本物ではなくても私たちが日常的に慣れ親しんでいるイメージの方をむしろ本物と感じる感覚」のことである。
溝井裕一(2018)『水族館の文化史』勉誠出版, 270ページ

そしてその点、LightAnimalは、まさしくハイパーリアリティの提供と言えるでしょう。イルカはともかく、シャチとの触れ合いという、実際の海にて困難な体験ができるのですから。ひるがえって水族館を見れば、水槽の魚は観察してもらってナンボの世界ですので、展示生物の密度を高めたり、岩や植物などを模した造形物をうまく配置して、観客にとって見えやすくなるような工夫がなされており、結果として「映える」世界が完成しています。それはまさしく、リアルな自然環境に近いけれども、やはり人々が見たいと感じる、頭に思い描いた「理想的な自然環境」が、「リアリティ」としてもたらされている状態になります。

デジタル×環境教育の可能性

しかしここで見誤ってはいけないのは、ハイパーリアリティ追求の是非ではなく、「LightAnimalがあくまで教育を目的として作られている」ということです。その材料として、あえて実際の野生環境の動物にあり得ないような動物の動きを取り入れているのです。

最上の動物教育は実物を直接見る事です。しかし人間社会に野生動物を連れてくるには多くの困難が伴います。巨大なクジラ、絶滅した恐竜など、展示が不可能な動物も数多くいます。

ライトアニマルはあらゆる動物との出会いを実現するデジタル動物展示システムです。展示に巨大な設備を必要とせず、実物では不可能な表現を可能にします。そして何より展示のために動物を傷つけません。人々は純粋に動物を楽しみ、学ぶ事に集中する事ができます。ライトアニマルは動物教育の可能性を大きく広げます。
LightAnimal(2022.7.31.確認)より

そのため、現時点では双方向性のある映像体験に留まっていますが、この理念の下でARやVRあるいはメタバースなどとうまくコラボレーションすることで、新しい形での水族館教育や自然体験の提供に対して、強力な選択肢を提示できるでしょう。

ただしその実現に向けては、映像の中で人と相互作用する対象がどういうものなのかを、正しく認識させる配慮が必要だと感じました。極端な話、猫にとっての猫じゃらしのごとく、とりわけ子どもに「自分の動きに反応する何か」として捉えられてしまっては、本来の目的が達成されない訳です。既にLightAnimalは、2020年開館の「カワスイ 川崎水族館」の展示のひとつとしても採用されています。これが、単に「設置して終わり」ではなく、映像の中で動く生き物が自然環境に実在している「いのち」ある「生き物」だと理解させるには、さらなる文字や言葉による働きかけがもっと必要だと感じます。

水族館展示における体験の意義

そして、水族館がこのような映像体験を導入するにあたっては、冒頭に書いた通り、決して技術の目新しさだけに飛びついてはいけません。

2020年に、私の師匠ともいえる元水族館職員の方と、「水族館でロボットの生き物が泳ぐ日は来るのか?」という問いについて議論しました。当時、私は生体展示の無いNational Geographic Encounter(現在はコロナ禍を受けて閉館)を紹介しましたが、ついに2022年1月26日、中国の水族館「上海海昌海洋公園」にて、ロボットのジンベエザメが展示水槽を泳ぎ始めました。そう遠くない将来、多くの展示生物をロボットへ置換できる日も来るでしょう。だからといって、あくまでデジタル技術が生体展示の完全な代替として利用できるとまで言っているのではありません。デジタル展示と生体展示には、それぞれに強みと弱みがあります。それらのいいとこどりをしたイノベーションを起こしながら、互いに高め合うことが最も望ましいと思います。

水族館が行える環境教育のスコープとは、生き物を単に見て観察することだけでは無いはずです。私自身が、水族館の展示ガイドを行う際に常に意識していることは、「水族館の外に広がる実際の自然に触れてもらう」ことです。水族館が、「4つの機能」のひとつである「教育・環境教育」機能を持つ施設であるのならば、本来提供すべき体験は、「展示生物の観察体験を通じて現実の自然へ興味を持ち、それが自然との関わりのきっかけとなるもの」であるべきです。そしてその関わりでは、視覚のみならず、音、匂い、温度や手触りそして味わいといった感覚も通じて、「いのち」の存在を感じとる力が必要ではないでしょうか。

たしかに、イルカの映像と遊ばせたり、タッチプールにてロボットでできたヒトデやナマコなどを触らせたりすれば、その力を培う一助にはなるでしょう。ただしそのためには、「お客様へなんのためにその体験を提供しているのか?」という理念・パーパスを常に意識する必要があります。デジタル技術を採用する際も、そういった魂のこもった活用が必要だと、改めて考えさせられました。

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