公立水族館のソーシャルイノベーション(後編) / 水族館と地方創生

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前編より続く

This article is being translated into English.
2022年3月の東京都立大学大学院MBAプログラム修了に際して執筆した修士論文「公営水族館の持続可能な経営を実現するハイブリッド構造の構築」の、ごくかいつまんだ概要を紹介いたします。とりわけ、日本における水族館の「地域振興」との関係性にフォーカスした内容となっています。

※データはこちらからそれぞれダウンロードいただけます。

調査対象施設

国内の公立水族館4施設のご協力をいただき、インタビューを実施しました。それぞれの水族館の特徴や、具体的なハイブリッド構造の分析内容については、論文本文をご覧ください。そして何より、実際の展示を目で見て確かめに行ってください。あくまで本記事では、各施設についての記述の見どころをごく簡単に紹介します。

鶴岡市立加茂水族館(クラネタリウム) / 山形県

誰もが認める「世界一のクラゲ水族館」。戦前から温泉地の観光拠点として作られ、集客のため様々な工夫が行われるも、当初の勢いを失い徐々に経営の危機に近づいていた典型的な地方水族館でした。そこから一転して、いかにして世界一として生まれ変わり、どのような役割を担っていくのでしょうか。

蒲郡市竹島水族館 / 愛知県

日本の中でトップレベルに小規模ながら、ユニークな展示とアイデアでテレビでもSNSでも大きな話題を呼んでいる水族館。閉館危機から脱却すべく打ち出した、近隣の水族館にはない斬新な特色は、どのようにして生み出され、地元のみならず全国の人々の心を惹きつけていったのでしょうか。

高知県立足摺海洋館「SATOUMI」

日本で東京から最も「遠い」都市の一つである土佐清水市の、豊かな南国の自然に囲まれた水族館。旧施設の老朽化に伴い、2020年に新築リニューアルした後の新たな展示は、コロナ禍の中でも多くの集客を呼んでいます。新水族館建設における狙いとは何だったのでしょうか。

東京都葛西臨海水族園

バブル時代の最後に鳴り物入りで開園した、世界都市「東京」の擁する公立水族館。今でこそ当たり前に見られるマグロの群泳展示を筆頭として、様々な世界初の挑戦を成し遂げました。当時から30年余り、リニューアル計画も進められているいま、何を目指していくのでしょうか。

インタビュー内容

各施設の館長・副館長の皆様により語られた臨場感あふれるストーリーは、本当に笑いあり涙ありで、胸を打ちました。論文全編で約17万字という分量に、違う意味で涙したことを思えば、結果として修士論文としては葛西臨海水族園だけで十分な分量だったかもしれません。しかし4施設を取り上げたことにより、それぞれの施設が持つ異なる特徴と、公立水族館という施設が業界全体として持つ特徴を浮き彫りにできたのではないかと思います。すなわち、地方の3施設と、大都市の1施設の、あたたかみに溢れる創意工夫を紹介しつつ業界の問題へ切り込んでいく構成は、水族館について議論すべき論点の多くをカバーできるものになったと思います。ぜひ、本文をご覧いただければ幸甚です。そしてご協力くださった皆様に、改めて深く御礼申し上げます。

公立水族館の経営を持続可能とするために

以上の事例分析の結果として、公立水族館の経営の持続可能性は、単にハイブリッド構造を構築するだけで実現できるものではなく、その実現可否に影響を与える3つの要素があることを示唆しました。

指定管理者制度の制度設計や、事業主体の組織および資本の構成

ステークホルダーが多様で、目標・資本・所有が多元的なハイブリッド構造を作ったとしても、制度設計や組織・資本の構成が噛み合わないとうまくいかないのです。前者は、水族館の運営を委託された指定管理者が獲得した利益を、設置者である自治体が吸い上げたり、指定管理者の使える予算の使途が限定的であったりする、というケースです。後者は、ソーシャル・キャピタルを歴史的に積み上げてきたとしても、例えば指定管理者が水族館以外にも、赤字施設を抱えていた場合、そのような歴史的蓄積を活かしきれない、というケースです。これらのようなちょっとした要因しだいで、価値創出を維持・促進することもあれば、阻害することもあるのです。

ステークホルダーの選択

「多様なステークホルダーから資源や権限を引き出すほど、経営がより持続可能になっていく」という単純な話ではなく、必ずしも全てのステークホルダーと、資源や権限などを獲得する関係を結ぶ必要がないということです。例えば、あえて他者から資金提供を受けないことで、経営方針の自由度を維持できます。あるいは、JAZAへ加盟しないことで、支出を抑えつつ展示方法への制約を受けないようにできます。

コンセプトに沿った展示生物の選択

トートロジーのように見えますが、やはり水族館の展示というそもそものところが、ハイブリッド構造構築の根幹だということです。つまり、水族館がそのコンセプトや目指す姿は、展示という明確な形で象徴的に体現されるので、その一貫性が肝になるのです。

ありがちなのが、地域振興の目玉とすべく、イルカやアシカなどの人気のある生物を単なる客寄せのために安易に展示するケースです。これらの生物種を展示することが悪い訳ではなく、重要なのは、展示全体のコンセプトと整合して一貫性がとれた理由でその種を選んでいることです。これは本研究での分析範囲を超えた想像ですが、おそらく昨今よく散見されるプロジェクションマッピングやAR/VRなどの次世代デジタル技術の安易な導入にも、同様のことがいえるでしょう。例えば、来場者が生物の生態ではなく映像の美しさや精巧さのほうへ興味を惹かれるような状況は、本末転倒と言わざるを得ません。

総括

水族館において、そのコンセプトを考える際に切り離せない存在は、地元のステークホルダーです。そこへ向き合って考えれば、各々が水族館に期待する様々な目標が存在することが見えてきます。するとそこから本来の役割「4つの機能」に加えて、地域活性化という新たな機能が、おのずと浮き彫りとなっていくでしょう。

それらの機能を展示へ反映させるにあたって、水族館という施設は、ひとたび作ると後からの変更は大変困難ですから、設計段階の検討の重要性は言うまでもありません。さらに、その展示を維持し、それらの機能を果たしていくにあたっては、飼育員・解説員の「眼」を、長期的な視点で育成していく仕組みも必要です。つまり水族館は、縦割り・分業ではない、内外全てのステークホルダーと一体となって血の通った議論を交わすことを通じて、はじめて実現され持続可能となる「総合芸術」なのです。

しかし、実際にそれを実現しようと思うと、ステークホルダー間の調整や、時代や環境の変化に伴うコンセプトや組織文化の変革も求められるわけで、言うほど簡単な話ではありません。理想的なカリスマリーダーが1人いれば済むという単純な話でもなく、例えば「どのような制度設計や資本構成が望ましいか」というデリケートな点は、さらなる大きな課題のひとつとして残ります。

また、本研究では、民営水族館との比較、WAZA/JAZAなどの協会へ加盟することでの「ネットワーク外部性」(network externality)や、そこと密接に関連する捕鯨・イルカ問題も十分に議論できていません。このことも、今後取り組むべきテーマとして残しています。

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