複業時代のボランティア活動

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「働き方改革」が叫ばれる世の中で、ボランティア団体には多様な関わり方を活かすデザインが必要。しかしその実現には運営事務局による一定以上のコミット時間が必要で、それなしに活動の維持は困難である。

副業の選択権

私の勤務先でも働き方改革が進んでおり、社会でも副業など、主たる仕事以外での活動が一般的になってきています。しかし私がFacebookでつながっている人の約3割くらいの方は、ダブルワーク等を含めれば過労死ラインなんて簡単に突破しているのではないかと思料します。

過剰な労働時間は確かに精神を削りますし、これを人に強要してはいけませんが、自ら選択し、かつ成果が見えやすい仕事であれば、何時間働いても苦にならないというケースは往々にしてあります。その意味で、私はとても忙しいですが、今のところ恵まれた環境下で働けていて幸せだと思います。それに対し、社会や身の回りの情勢により、副業を行わないと生活が立ち行かない、働かざるを得ない状況に陥ってしまう人もいます。私もいつそのような状況を選択せざるを得なくなるかわかりません。

ボランティア団体における評価基準

このような社会の中で、ボランティアの人材確保は、言うほど簡単ではありません。そこで重要なのは、「多様な関わり方を受け入れるデザイン(土壌づくり)」に他なりません。このことが、私が8年間ボランティアに関わってきて至った結論です。

給料や目標達成度などの客観的な評価指標がない、非営利活動を行うボランティア団体において、最も価値を出せる人材とは、どのような人物像でしょうか?私は究極の答えとして、「最もコミット時間を出せる人材」だと結論付けています。継続的に活動する団体において、突出した能力を持った人がわずかな時間働くことよりも、目立った能力がなくとも継続的にたくさんの時間働いたほうが、目に見えて評価されやすいのは明らかです。なぜならば、絶対的な指標が「時間」以外に存在しないからです。例外的に、活動に必要な資金や物資を獲得できる人材もまた、同じように評価されるでしょう。「金額」もまた客観的な指標だからです。また新たな担い手を獲得できる人材も、自らのコミット時間に対するレバレッジとしてより多くのコミット時間を生んでいますので、同じように価値を出していると解することができます。

ではそのようなボランティア団体において、ごくわずかしか時間を削りだせないメンバには、ほとんど価値はないのでしょうか?

多様な関わり方のデザイン

はじめに述べた通り、この時代において、わずかであってもボランティア活動へ時間を捻出できる人材は貴重です。そうである以上、活かせる人材に対して最大限の敬意を払って積極的に活躍してもらうべきです。

ただし、団体が人材を抱えるためには、それなりの管理コスト、すなわち別のメンバのコミット時間が必要とされます。特に、組織全体を統括する運営事務局の時間が必要となり、本来の活動に充てられるべき時間を犠牲にしています。とりわけ昨今の社会では、価値観が多様化しているため、多様なコミットメント方法を受け入れ、活かすための組織デザインが必要になります。もしそういった複雑なコストに見合わないメンバは、残念ながら受け入れるべきではないでしょう。

現に私の所属団体においては、現在、わずかな時間で最低限に関わりたい人と、熱心に関わり多くのアウトプットを期待する人とが二極化しており、完全に組織デザインのバランスが取れていません。この状況を打開するには、賃金を支給してでも運営事務局へ大量のコミット時間を投下させるべき、というのが8年務めて至った結論です。こうした運営活動は、やりがいが無いとは言いませんが、(1)本来の活動へのコミット時間、(2)本来の活動で生み出される成果、さらに(3)メンバが得られるスキルの、3つ全てを削って行われる、完全に時間消費型の活動だからです。動物園・水族館に限らず、ある程度の規模のボランティア団体を置いて活動や事業の規模を拡大しようとする場合、こういった点を覚悟すべきだと思います。

なお、自己弁護するつもりもなく、私が担っていたアドバイザという立場は、十分なコミット時間を割くことなく現状への助言のみを提示する評論家ですので、結果として他に成果が出せないのなら無価値なままで終わってしまいます。

今年もよろしくお願いします。過労死しないように、頑張ります。

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