次の10年間に向けて(前編)

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2回目の修士課程の修了とともに、私の水族館人生が10年間を数えました。これまで取り組んできたことを振り返り、これから取り組みたいことを整理したいと思います。

前編では、水族館との出会いと、ボランティア団体内での活動について書きます。

葛西臨海水族園との巡り合わせ

10年間で、たくさんの方に支えられてきましたし、各々の活動を通じて、様々なものを学ばせていただきました。出会った全ての方へ、本当に感謝しております。まずは御礼申し上げます。

「水族館の職員という職業がたいへん狭き門である」という大きな理由もあるでしょうけれど、水族館の多くの皆様が、水族館職員になった経緯について「巡り合わせ」だと口を揃えます。

葛西臨海水族園で活動しているボランティアのメンバー1人1人、および水族園の職員の皆様と、私が出会えたことも同じく、全てが超常現象的な巡り合わせであり、出会えた全ての方へ感謝しております。そしてその後10年こうして継続できたという結果も、全てが偶然によりもたらされ、全てが必然の巡り合わせだったと捉えています。

もともと私は生き物への興味がさほど無かったのに、よく「どうしてボランティアを始めたんですか?」と聞かれますので、ここで2つの理由を紹介しておきます。(1)時おり訪れていた葛西臨海水族園にて、ボランティア募集の案内をたまたま発見し、(2)その頃から学部4年間で253単位を修得、すなわち2回卒業できるほど勉強「させていただいた」という意識があり、私のできることで何らかの社会へ還元するアクションを執ろうと思っていたため、という理由が全てです。よくできたきれいごとに聞こえるので今まであまり語ってきませんでしたけれど、決して「盛って」おらず率直にそう思っています。

また、なぜ葛西だったのかと言えば、「生き物のショーが、動物を手なずけているようで好きになれない」私にとって、理想的に映った水族館の1つだったからです。そして、物理学を専攻し複雑系を研究テーマとしていた私は、ペンギンやマグロのもつ理想的なフォルムが流体力学の観点からとても魅力的に映った「変態」であり、葛西はそれらを生み出した自然のエコシステムの神秘を存分に感じさせてくれる水族館でもあったのです。

ステークホルダーとの巡り合わせ

しかし、どれほどボランティアへ参画しようとする私の意欲があったとしても、その後もさらに超常現象的な外的要因である「巡り合わせ」がなければ、今日こんな記事は書けません。応募当時、八王子南大沢に住んでいた私を、「片道2時間近くかかる江戸川区まで通い続けられる訳がない」という反対意見が出ていたにもかかわらず、先輩ボランティアの皆様があたたかく迎えてくださり、自由にのびのびとガイドをさせていただいたことが、全ての「間違い」の始まりでした。

その後、参画したその年度末(2013年3月)に世界一の水族館である Monterey Bay Aquarium (参考記事)を一緒に訪ねさせていただいた当時の園長、そして「生きた生き物の観察」にこだわり抜き「視点を持って観る」ことの面白さを教えてくださった水族園の教育部門職員の皆様との出会いが、私の人生を決定的に「狂わせ」、結果としてここまで導いてくださいました。「奇跡」という言葉を安易に使いたくは無いですが、これは一生で一度あるかないかの奇跡です。そうして、たくさんのお客様とともに「生き物の観察」を共に楽しむ時間を頂けたのです。生き物や自然の奥深さを知れば知るほど、そこへ精通する水族園職員の皆様の偉大さに気づかされ、私はいっそう底なしの世界へ引きずり込まれていった訳です。かくして大学院に在学していた頃は、年間で600時間ほど活動を行っていました。

IT企業へエンジニアとして就職した後は、興味は葛西に留まらず、水族館業界全体へと拡がっていき、国内外の水族館・動物園に関わる方々とのあまたの交流もありました。しかしそれと同時に「動物の福祉」や「動物の権利」へと通ずる、「生き物のショーがしっくり来ない」という私の感情への正対を迫られました。やがてそれは、今回の修士論文研究を行うことの強い動機にもつながっていきました。

コミュニティ・エンパワーメント

私の研究について語る前に、ボランティア組織のコミュニティとしての性質について掘り下げてみます。

所属先のボランティア団体は、本当に多彩で光るタレントを持ったメンバーの集まりです。何か並外れた特技を持っているかどうか、という話ではなく、年代も職業も様々であり、全員が1人1人得意分野を持っており、それを積極的に活かしたいという意欲があるということです。一時期、新規ボランティアの採用・トレーニングに関わらせていただいた際にも、生き物や人とのコミュニケーションに対する興味はもちろんのこと、「何か得意なものを活かしたい」という主体性を引き出すことをかなり意識していました。

もちろん、そのような多彩な個性を活かしつつ、多様な興味や意欲を束ね、1つの組織の活動として推進していける力を生み出すことは、簡単なものではありません。まさしく昨今ありがちな、ダイバーシティはあるもののそれをインクルージョン出来ていない状況の先駆けでした。さらに、私の所属するボランティアは、水族園の一部としてではなく独立した団体であるものの、水族園と密接に連携して活動を行う必要があるという難しさもあります。

私が参画した年は、ボランティア組織が独立してから5年ほどしか経っておらず、まだまだ活動の形を試行錯誤しながら創り上げていく発展途上の段階でした。そんな中活発に活動をしていた私は、参画2年目からは、団体の中核メンバーの1人として抜擢いただき、活動推進をとりまとめていくこととなりました。もちろん、社会人経験が無い事を言い訳にはできませんでしたが、実際に上手くいかないことも多々あり、メンバーにはたくさんのご迷惑をおかけしました。それでも、外部のNPOにおいて、ボランティアコーディネーションや、コミュニティマネジメントのノウハウを勉強しながら試行錯誤を進めました。その過程を、あたたかい目で見守り、活動を一緒に作り上げてくださった皆様には本当に感謝しています。

さらに、水族園の当時の教育部門の皆様からの全面的なバックアップも頂けたことで、「生きた生き物の観察」が活動の軸であることを共に再確認し、そこへ各々のメンバーが役割を見出し貢献できる構造が、少しずつ形作られていきました。このような、ボランティア組織のコミュニティとしての性質へ着目することの重要性は、ご協力いただいた水族園の当時の職員への恩返しの意味も込めて、水族館教育の研究会でもご報告する機会も頂けました。

新しい時代の活動

現在、コロナ禍により、葛西臨海水族園は時おり休園を繰り返し、私たちのボランティアも、新しいニューノーマルにおける活動の模索を余儀なくされています。そこで一番の要諦となるのは「多様な関わり方のデザイン」であると感じます。いっとき活動を離れたとしても、ボランティア組織と水族園が、1人1人のメンバーにとっていつでも戻ってこられるようなあたたかい居場所として機能し続けるために、知恵を結集させて、必要なことへ1つずつ取組み、乗り越える場面であると感じます。

後編へ続く

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